自力自療とは
自力自療、という言葉を見ると、自分の力で自らを治す、癒すというイメージが浮かびます。これが何故か、いつの間にか、「自分で動けば治る」というように解釈され、操体というものは、体操みたいなものだ、という誤解を生んでいる場合があります。
「自力自療」という意味をよく考えると、操体は、その人本人しかわからない感覚(例えば、動かしてみてどんな感じがするのか)を、からだにききわけ(診断に当たります)、味わう(治療に当たります)、というプロセスをとります。
なので、ひとりでやろうが、二人でやろうが、百人いようが、指導者の口頭の誘導だけで行おうが、操者が存在しようが、変わりはないのです。
だから、自力自療なのです。
「きもちよく動く」のは、操法にはいってから
最初からいきなり「きもちよく動いて」と言われても、わからないのは当然です。
「きもちよく動いて」の指示の下には、ちゃんとした手順があります。ある動きをゆっくりと試してみる。そして、感覚をききわける(きもちよさがききわけられるか)。
ここまでが動診(診断)です。ここではまだ「きもちよく動いて」という指導はしません。
「ゆっくり表現して、よく感覚をききわけて」です。なぜならゆっくりでないと、感覚のききわけがしにくいからです。
きもちよさ(快適感覚)がききわけられて、そのきもちよさを味わってみたいという要求をからだにききわけ、その要求を満たしていたら、そこからは
「きもちよさに委ねて」
「そのきもちよさでからだを操って」
「そのきもちよさを十分味わって」
となります。
きもちよさに全て委ねて、一番きもちのいいところで、たわめて、きもちのよさが消えた後のからだの要求感覚に従う(脱力)という道筋を辿ります。
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